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LIGHTS UP IWATE インタビュー

岩手県盛岡市
株式会社ヘラルボニー 代表取締役副社長 松田文登さん

異彩を、放て。その先に広がる景色がつながり、誰もが生きる喜びを享受し合える世界へ

「ヘラルボニー」という言葉を耳にしたことはありますか? もしかしたら、ベアレンビールや「Ca va(サヴァ)?缶」のパッケージなどで目にした方もいるかもしれません。今回は、「異彩を、放て。」をミッションに掲げ、福祉領域の拡張に挑戦する株式会社ヘラルボニー代表取締役副社長の松田文登さんにお話を伺いました。

 

▼ヘラルボニーさんは主にどのような活動をされていますか?
「障害のある方へのイメージを変えていきたい」という思いで、アートというフィルターを通じて障害のある方との出会いをつくっていく活動をしています。具体的には、日本全国の福祉施設に在籍する障害のある作家とライセンス契約を結び、そのアートデータを軸に社会のいろいろなものやこと、場所に落とし込む活動をしています。最初は花巻市のるんびにい美術館さんから始まり、現在は北海道から沖縄まで日本全国の福祉施設や個人とライセンス契約を結んで、2,000作品以上のアートデータを高解像度で管理しています。その上で、様々な企業とコラボし、アートの使用料を作家さんにお支払いするという、持続可能な収益構造のモデルをつくっているところです。

 

▼もの・こと・場所と、幅広く展開されているのですね。例えばどのような事例がありますか?
いわて電力さんのグループ会社の北良さんでは、会議室に作品を飾っていただいています。北良さんのようにオフィスをアートで彩ることはもちろん、ヤマハさんの車椅子のスポークカバーや、岩手ビッグブルズさんのユニフォームをデザインさせていただくなど、本当にいろいろなことをしています。建設現場の「仮囲い」もその一つです。「全日本仮囲いアートミュージアム」という試みでは、仮囲いという日常のそばにある場面でプリントしたアートを飾り、障害のある人へのリスペクトが醸成されていくことを願うもので、日本各地でこの仕組みを広めようとしているところです。囲いが外れた後は、飾っていたアートを裁断して、バッグに再生しています。裁断位置によって絵の出方が違うので、それも魅力になっています。また、「HERALBONY」という自社のアートライフブランドでは、衣類や小物などのオリジナル商品を開発して、百貨店を中心に販売しています。

※プレス用素材よりダウンロード

 

▼作品を選ぶ際の基準などはありますか?
素直に「素敵だな」と思う方との出会いがあったら、そこで契約を結んでいます。作品を見た時に、その方と一緒に日本や世界に向けて発信していきたいという思いになるかどうかを大切にしています。例えば、今日身につけているアートは、黒丸をボールペンでずっと描き続けるという佐々木早苗さんの作品ですが、これは到底自分ができることではなく、尊敬を覚える世界です。その先にたまたま障害があるということだと思います。

 

▼会社の歴史について教えてください。
2016年8月に仲間4人で会社務めをしながら立ち上げたブランドが「MUKU」でした。日本の職人さんと組んで、障害のある方のアートを表現したブランドをつくりたいという一心で始まったものです。アートの絵柄を織り込んだシルクのネクタイをつくるために、国内の製造メーカーに企画書を送って電話をするというのを延々と続けていました。ある会社からの助言で「まず、あなた達がやろうとしていることは、相当ハードルが高い。障害のあるアーティストの作品は繰り返しのきめ細かい表現なので、シルク織りで表現すること自体が無謀なんじゃないか。でも、ここだったら、できる可能性があるかもしれない」と教わったのが銀座にある田屋さんでした。一般の高級ネクタイは一寸(約3.03cm)あたり約200回の糸を織っているとのことですが、田屋さんは700回織れるとのこと。そのうち、どうしても田屋さんとやりたいという思いが強くなっていき、今まで通りのやり方ではなく、直接、山形の工房に飛び込みで訪ねました。その結果、僕達の熱意を汲んでいただき、最初の商品のネクタイが完成しました。今も定番商品になっている自信作です。

 

▼仕事とは別に活動されていたとのことですが、そのエネルギーはどこから湧いてきたのですか?
るんびにい美術館で見た作品に強烈な印象を覚えたのですが、インターネットで「障害者アート」と検索した時に、支援的要素が強くなりすぎることに違和感を感じ、単純に作家として羽ばたかせることはできないだろうかと思ったのがきっかけです。僕の兄にも障害があります。アートは描けませんが、以前、一生懸命つくった商品が道の駅などで500円ほどで売られていました。その売り上げは、どちらかといえば「頑張ったね」的なお金だったので、単純に商品として評価されるものにできないのかな?とずっと思っていました。「こういうものを世に出したい!こんなプロジェクトをしたい!」と積もり積もった長年の思いが社会人になってからうずくようになり、双子の弟と友人達でライフワークとして取り組み始めました。僕は当時24歳で、会社が休みの土日に夜行バスで東京に行くというようなこともしていましたね。

 

▼MUKUから出発して、結果的にそれが本業になったのですね。
2018年7月に株式会社ヘラルボニーを設立しました。起業のきっかけは、双子の弟でした。年度始めに会社での個人目標を考えていた時に「やっぱり、こっちがやりたい」と思ったらしく、その日に上司に退職を申し出たそうです。自分で辞めざるをえない状況をつくった弟から電話がかかってきましたが、もちろん僕はすぐに辞める踏ん切りはつきませんでした。結果的に同じ年に退職し、現在はMUKU時代の仲間も合流して、一緒に頑張っているところです。

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▼「ヘラルボニー」という会社名は、お兄さんが7歳の時に自由帳に書いた言葉だったんですね。どうして、この言葉を社名にしようと思ったのですか?
兄に「ヘラルボニー」の意味を聞いても「分からない」と言うのですが、それは実際に言語化できていないだけだと思っています。障害のある方達が、心の中では面白いと思っていても、言語化できていないことを僕達が解像度を高めて、世間に発信していける会社でありたいという意味を込めて名づけました。

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▼2021年4月には盛岡市に「HERALBONY GALLERY」がオープンし、本社の機能も構えたとのことですが、東京ではなく岩手を選んだ理由はありますか?
実際の売り上げの95%以上は東京などの首都圏ですが、原点は岩手であることを大切にしています。10年、20年、50年、100年と、ずっと地域にあり続けて、地域から愛される、「岩手発ヘラルボニー」として広がっていけるように頑張っているところです。一過性の流行りではなく、長く続けていくことを考えると、僕は地方でやるメリットは大きいと思います。東京からすれば岩手が価値に変わり、こちらからすれば東京が価値に変わる。両方のバランスを保っていきたいです。

 

▼HPを拝見すると、スタッフさんは幅広い業種出身の方が多いですね。
今まで福祉領域を専門としてきたメンバーはおらず、他業種の出身者が集まった会社です。どうやって収益を上げて、障害のある作家にお渡しできて、その上で社会を変えられるか?をシビアに考えています。うちみたいな企業が一つ存在することで、その分野が拡張したり、開けていくこともあったりすると思っています。

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▼仕事をする上では、どんなことを心がけていますか?
「障害者アート」となった途端に、「支援しなきゃ」という支援的なスタンスが生まれてくると感じていたので、会社としては支援や貢献という言葉は一切使わないでいこうと決めています。社会側がそこにカテゴライズしていくことはいいと思いますが、会社としては抽象的な世界で終わらせるのではなくて、ちゃんと成果を生んでいくことが重要だと思っているので、その言葉を拠り所にして逃げないように心がけています。そして、障害のある方達はビジネスパートナーとして捉えています。パートナーの作品を全国各地に放ち、障害のイメージを変えていくことを目的にしているので、美しいままの状態で作品を届けていくように気をつけています。

 

▼今後の展望を教えていただけますか?
最近はいろんな方がヘラルボニーを身につけてくださっていて、首都圏を中心にかなり広がってきたと実感しています。今後は、憧れをつくっていけるブランドになれるようにしていきたいです。そして、2022年度からはインテリア事業を本格的に始動させる予定です。「マリメッコ」と名前を聞いたらお花の柄が連想されるように、「ヘラルボニー」と聞いたらヘラルボニーの柄が連想されるような、日常が障害のある作家の作品で彩られていく世界をつくっていきたいです。ちなみに、現在、盛岡バスセンターのホテルをプロデュースさせていただいるところです。2022年度はスタッフも大幅に増える予定で、仲間とともに思いっきり走っていきます! そして最終的には、兄を含めて、障害のある全ての方にリスペクトが続いていく世界をつくっていきたいです。

 

▼盛岡バスセンターのプロジェクトをはじめ、県内でも折に触れて、ヘラルボニーさんがプロデュースしたものを目にする機会が増えてきていると思います。中には「何が始まるんだろう?」と思っている方も多いと思いますが、最後に岩手の皆さんにメッセージをいただけますか?
会社としては、本社は岩手であり続けるので、地域の方々に応援される企業を目指しているところです。将来的には、「岩手には宮沢賢治や盛岡冷麺、じゃじゃ麺もあって、ヘラルボニーもあるよ」というような観光資源の一つにもなれたらいいなと思います。例えば、スノーピークは本社が新潟で、東京のスノーピークユーザーは新潟にキャンプをしに行っていますが、そういったサイクルをヘラルボニーでもできると思っていますし、まちづくりの分野にも挑戦してみたいです。そして何よりも、一つひとつの作品に込められた、パワーのような熱量を感じてもらえたら嬉しいです。

 

 

[取材をしてみて感じたこと]
命には、みんなそれぞれ言い分があって、目に見えるものがすべてではない……。松田さんのお話を聞き、るんびにい美術館のアートディレクター、板垣崇志さんの言葉を思い起こしました。コロナで世の中の当たり前が変化しつつありますが、一人ひとりが何を選択していくかが重要視される時代に差し掛かってきたのだと、ヘラルボニーさんの広がりを見て改めて気づかされました。ギャラリーでは企画展示のほか、お兄さんの “自由帳”も見ることができます。盛岡にあるので、折に触れて出かけてみませんか?

Interviewer
菊地(プカリ)、高橋(いわて電力)

 

[プロフィール]
松田文登(まつだ・ふみと)
1991年金ケ崎町生まれ。ゼネコン会社で被災地の再建に従事、その後、双子の弟・崇弥さんと共にへラルボニーを設立。4歳上の兄・翔太さんが小学校時代に記していた謎の言葉「ヘラルボニー」を社名に、福祉領域のアップデートに挑む。2019年、日本を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」に選出。