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LIGHTS UP IWATE インタビュー

岩手県奥州市
岩谷堂タンス製作所 三品綾一郎さん

奥州が育んだ美意識。世界に通用する民芸家具の裾野を広げて

しっとりと深みを帯びた杢目、どこか物語を感じる金具、そして狂いのない精巧な作り……。江戸時代から脈々と続く「岩谷堂箪笥」。今では国の伝統的工芸品として指定され、奥州ならではの特色ある産業として、確固たる品質を守り続けています。今回は、天明2(1782)年創業の株式会社岩谷堂タンス製作所の13代目、専務取締役の三品綾一郎さんにお話を伺いました。

 

▼苦境の中で生まれた地場産業
名前にある「岩谷堂」は、このあたりの地名のことを言います。元々の発祥は江戸後期にあった飢饉(ききん)が始まりとされていて、お米の不作を打破しようと生まれた産業の一つに箪笥作りがありました。当時は日常使いできる箪笥として作られていました。昭和57(1982)年に国の伝統的工芸品に指定されてからは資産価値のある家具として目を留めていただけるようになりました。

▼三品さんがこの業界に入るまで
高校卒業後、「この岩谷堂箪笥が似合う空間はどういうものだろう?」と思い、空間デザインの視点から家業にアプローチするため、東京の専門学校でインテリアデコレーターの基本を学びました。卒業後は関東で岩谷堂箪笥を扱う卸問屋さんに就職。輸入家具の小売店もしていたので、最初の2~3年は家具の配達をするなかで、都市部の住宅事情を知る貴重な機会になりました。その次は、高島屋や三越などのデパートで営業販売を担当しました。当時22、23歳で、何十万円もする箪笥を売るわけですが、商品と自分がマッチしていないので、最初の1本目を購入していただくのにかなり苦労しました。

▼苦労された光景が目に浮かびますね。
売れない中でも、知識だけは常に勉強しておこうと親父に電話で聞いたりしていました。そして、売ろうとするより、とにかく話そうと思うようになりました。お話を重ねるうちに、「これ1本いただくわ」と初めて言っていただけた時の感動は今でも忘れません。一つの目標を達成し、25歳で岩手に戻り、職人さんのもとで木部加工の修行に入りました。4年目に訓練校に入り、5年目に2級技能士の資格を取得しました。この業界で言う5年は弟子上がりで、そこで一通り作れるようになりますが、何通りもの作りがあるので、どんなに数を積んでも、一生勉強の世界です。

▼この道に入ってから苦労したことはありますか?
小さい頃から知っている職人さんたちがみんな教えに来てくれるのですが、みんなやり方が違うんです。金槌の持ち方でも、打ち方でも、感覚の部分が多すぎるので、「こうやってやるんだ」と言われても難しい。見るだけじゃダメで、音も聞かないといけないし、一挙手一投足をちゃんと感じ取っていかないといけない。見て覚えろの世界でも、人によってやりやすさが違う点が苦労しましたね。

▼最初は何から始まるのですか?釘打ちですか?
実は、まず道具作りから始まるんです。新品の鉋(かんな)を買ってきても、道具としてすぐには使えない状態なので、刃も台も自分で一から調整する必要があります。刃は鍛冶職人さんによって一個一個の形が違います。自分で削って研いでいくんです。「髪の毛一本一本見えるように磨けよ」ということで、鏡みたいにしないといけなくて。台座の木の部分もです。その最初の道具作りが大変で。ただ、やらなきゃしょうがないので、逃げたいと思ったことはないです。どんな仕事でも、最初は大変じゃないですか。だからここを知っておかないと、これから新しい後輩が入ってきた時に教えられないなんとだめだろうなと思っていました。今も感覚が頼りの世界ですが、人材育成のためにも、言葉が足りないところをフォローするのが自分の役目だと思っています。

▼道具作りを終えて、初めて商品の加工ができるのですね。
それが、まだ作れません。最初は、「木取り」という箪笥の部品作りからです。箪笥の仕事の欠かせないのが、竿(さお)と呼ばれる一本の木です。これが箪笥の実寸大の設計図で、目盛で高さや引き出しの位置が全部分かるようになっています。裏返しにすると間口方向の設計図にもなっています。これは昔からのやり方で、折れない限りはずっと残ります。誰がどう作っても、同じサイズの箪笥が作れる。そして、今でも材料は尺で届くので、尺貫法も覚える必要があります。ですが、お客さんからはメートル法で注文されるので、3.5尺の材料を切って、3.3尺に調整して1メートルにしています。やっぱりお客さんあっての商品なので、全てオーダーに合わせてこちらで調整しています。

▼今、力を入れている分野はありますか?
小中高など、学校関係の仕事です。地元の産業なので、このあたりに住んでいる子どもたちには、豆知識のように岩谷堂箪笥を知っておいてほしいなと思っています。なので、体験教室やインターンシップ、職業ガイダンスの機会が増えているのは嬉しい限りです。小さい時に感動したことってずっと覚えていますよね。親元を離れて別のまちに行った時に、「自分の地元にこんなのがあるよ」と話せるようになってほしいなと思います。

▼「五感市」の企画も同じような発想から始まりましたか?
これは、私の会社を含め地元の伝統産業の同世代が集まって、みんなで刺激し合おうという思いで始まった企画です。年々、クラフトイベントが人気になる中で、「うちらのような伝統品は並べて売ったとしても売れないよね」ということから、別の位置付けで何かできないかなという思いがありました。最初は5社で始まり、今は20社以上になりました。平成30(2018)年から「オープンファクトリー五感市」と銘打って体験や交流イベントなど開いてきましたが、昨年はコロナの状況下でオンラインに変更し、工房の生ライブなどを企画しました。

▼五感市にも出品している「Iwayado craft」は若い世代も手に取りやすい小間物ですね。
メートル法で注文を受けるようになって、余った材料で何かできないかと考えている時に、岩手県工業技術センターで機械を紹介されたのが始まりです。一緒に考えていた奥さんに伝えたところ、早速、端材でブローチを作り始めました。鉄瓶、かぼちゃ、玉ねぎ、鳥といったモチーフで、小さなテーブル1台から始まったんです。2013年のことでした。素材は桐材なので、身につけていて軽いのが特徴です。その後、種類が増えていき、大槌刺し子とコラボした針山やこの7月からは新商品でピアスとイアリングも仲間に加わりました。岩手にこだわっているので、箱も印刷物も全部県内の会社さんと一緒に作っています。以前は、親御さんが岩谷堂箪笥を婚礼で娘さんに持たせたくて見に来ていましたが、子どもさんは知らなかったり、「置く場所がない」などと消極的でした。でも、こっちの小物を知ってくれている人たちは、逆にお母さんに話すんです。「これ岩谷堂箪笥で作っているんだよ!」と。前は考えられなかった光景で、始めて良かったなと思います。

▼今後のビジョンを教えてください
経営面だけでなく技術面でも、基本的には継続してお仕事があることが一番ですね。後続を育てるためには商品を作らないと人は育っていかないので、販売数が伸びて、新しい人も雇い入れるというバランスが取れたらいいなと思います。「次は海外」とも言いたいのですが、国内でもまだまだ知らない人がいるので、そこはしっかり市場を捉えながら活動していきたいです。

▼改めて、岩谷堂箪笥の魅力を教えてください!
これは買っていただいたお客さんの感想ですが、「長年の夢で、部屋にあって毎日眺めているだけで満足感が得られる」「見た目が落ち着いた感じがあるので、すごく癒しがある」などと言っていただけます。よく、「おばあちゃんの家にあった」という言葉を聞きますが、自分がおばあちゃんになった時に実際に使っていて、孫やひ孫に「おばあちゃんの家にあった」とまた言ってもらえる、そんな時代が続けばいいなと思います。箪笥でも、何かしら印象があるから覚えているんだと思います。引き手でよく遊んでいたとか、こっちの引き出しを閉めたら、こっちが出てきたとか。そういった何気ない一コマが、思い出になるのだろうなと思います。クローゼットやプラスチックケースは否定しません。ただ、何か大事なものを仕舞っておく、気に入った服を入れておくなど、どんな理由でも構わないので、岩谷堂箪笥が皆さんの生活の一編になれるように、これからも努力していきたいと思います。

 

[取材をしてみて感じたこと]
インテリア性、資産価値、品質の良さ、伝統的工芸品……。岩谷堂箪笥に惹かれたきっかけは人それぞれであっても、箪笥を迎え入れた日から続く暮らしの先は、同じ一本の道につながっているような気がしました。歴史が重ねてきた時間、職人さんが積み上げてきた時間に持ち主の時間が合わさり、また毎日の暮らしが続いていく。大切なものを、これからも大切にしていけるように。岩谷堂箪笥は、自分の代わりに大切なものを守ってくれる、拠り所なのかもしれません。ただ、一級の民芸家具だけあって、お値段も一級。婚礼箪笥の需要も分散している中で、若い世代が手に取りやすい「Iwayado craft」は決して単なる伝統工芸品のクラフト化ではなく、本流につながる鍵を握っていると感じました。

Interviewer 菊地(プカリ)、菅原(いわて電力)

 

[プロフィール]
三品綾一郎(みしな・りょういちりょう)
昭和55(1980)年、岩手県奥州市生まれ。幼い頃から家具職人の姿を見て育ち、水沢工業高校卒業後はインテリアデコレーターの資格を取得。関東圏での岩谷堂箪笥の販売を経験後、25歳に帰郷。職人のもとで一から箪笥作りの手ほどきを受けた後、国家資格の2級家具製作技能士を取得。現在は13代目として後続を育成しながら、持ち前のフットワークの軽さで岩谷堂箪笥の裾野を若い世代に広げている。