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LIGHTS UP IWATE インタビュー

岩手県盛岡市
NPO法人インクルいわて 理事長 山屋理恵さん

地域のほころびを繋ぎ合わせ、岩手の下地をつくる

家族のカタチに関わらず、誰もが生き生きと暮らしていける「包摂(ほうせつ)された社会」の実現に向けた活動を行う団体があります。その活動テーマは多岐にわたり、子育て支援や就労支援、生活支援、地域連携や行政・民間との連携、居場所づくりなど、一言で言い尽くせるものではありません。
ただ、それらは全て、岩手県民の生活に直結するもの。今の岩手に必要なものです。その道のりは平坦ではありませんが、解決に向けて地道な活動を重ねているNPO法人インクルいわて理事長の山屋理恵さんにお話を伺いました。

 

◆「インクルいわて」の発足経緯を教えてください。
きっかけは東日本大震災でした。岩手全体が大変な事態になり、震災によって課題を抱えたり、震災前からの課題が深刻化するなど、多くの問題がもたらされました。困難な課題を抱えて、しんどい思いをしている人たちや特に、ひとりで子どもを育てている状況の人たち、そこに届く支援の仕組みをつくろうと立ち上がったのが「インクルいわて」です。
震災前は、私は盛岡市役所で多重債務や生活再建、自殺対策などの支援をしていました。当時から、経済的な問題は対処療法ではなく、その背景にあるそれぞれの問題を根本から解決する包括的な支援の必要性を感じていました。そのような中で震災が起き、日頃連携していた多職種のメンバーで、「自分たちが必要だと思うことやってみよう」という話になり、団体を立ち上げることになったんです。継続的に活動していくために2011年10月にNPO法人の申請をして、2012年1月に法人化されました。

 

◆名前の由来は?
「Inclusive Society(インクルーシブ・ソサエティ)」です。「Inclusive」とは、「包摂的な」という意味で誰も排除しないという言葉です。この包摂的な社会の実現は、日本より一足先にヨーロッパの方では経済が強くなる貧困対策として取り組まれていました。日本もそれにならおうとした時に震災が起きてしまったのですが、「誰も排除しない、誰一人取り残さない、全員参加型の社会」の実現は、被災地の私たちのビジョンだと思い、「インクルいわて」と名付けました。

 

◆一番に始めた活動は?
貧困率が一番高いといわれている、ひとり親世帯に焦点をしぼりました。当時、子どもの貧困は今ほど大きくクローズアップされていなかったのですが、経済、医療、教育、福祉、司法の現場で、ひとり親の家庭は多くの面で苦労していることが見えてきました。
また、結婚している・していないは関係なく、父親や母親、どちらか一方が子どもを育てている状況の家庭や、おじいちゃんやおばあちゃんが育てているなど、誰かが一人で担っている状況もあります。子育てはただでさえ二人でも難しいのに、一人で抱えたらしんどいものです。しかしその人たちが安心して子育てができたり、地域で生き生きと暮らしていくことができる仕組み作りをしたら、きっと高齢者でも、障がい者でも、子どもでも、すべての人にとっていい仕組みになるんじゃないかと思い、ひとり親家庭の支援を始めました。
岩手では、東日本大震災の影響でひとり親となった世帯が500世帯にのぼり、父子家庭の割合が多かったです。そういうお父さんたちは大変でした。ただでさえ悲しみの真っただ中なのに、再建を目指しながらも慣れない家事や育児、子どもの弁当づくりなど、今までお母さんに任せていたことを青い顔をして担っていました。そこでまず、お父さんとのつながりづくり、お弁当教室などの支援を企画しました。
そして、次に化粧品メーカーさんからハンドケアを教わり、マッサージ会を開きました。あの頃、被災地のお母さん、お父さんたちは、「みんな大変だから」と遠慮して、「自分の大変さ」を話そうとはしませんでした。しかし、吐き出す場は必要ではないか、ひとりではないということを知っていただければと思い、「相談会」とは言わずにハンドケアマッサージ会を開きました。同じ空間にいるうちに、気持ちが変わるのでしょうか、ポツポツと事情を話されます。マッサージ中は手を握っているので逃げられないので、最初の一言をきっかけにいろいろな話が続きました。
それが活動の始まりでした。当初は数人でスタートした団体でしたが、今では27名、ボランティアさんを含めれば50名を超し、年齢で言えば、20代から80代まで、いろんな経験のある人たちがそれぞれの得意分野を生かして一緒に活動しています。

 

◆今、乗り越えなければいけない課題は?
一番は、ひとり一人が孤立しない仕組みづくりです。ほかにも経済的困窮、子育て世代の応援と、復興です。たくさんありますね。
地域にある課題をみれば、例えばランドセルを買えないお家が実際にあることに気づくかもしれません。それは自己責任でなく、社会の仕組みや、支援が届かないという問題であって、同時に「この子のために」と一生懸命働いても生活困窮から抜け出せない、働いても苦しい国となっています。労働市場、雇用システム、性別役割分業、高騰する教育費、様々な原因があります。当事者支援だけでなく、社会の仕組みも変えなければなりません。孤立対策とともに、これからの子育て世代の応援は継続的に行っていく必要があります。
また、これからは急激で、さらに大きな社会変容と人生100年の時代に突入し、明らかに誰もが、これまでの意識や生き方では対応できず、アップデートが必要になります。抱える課題もさらに複雑化していくでしょう。岩手の人は、人に相談したり、頼ったりすることへのハードルがもしかしたら高いように思います。こんなに社会も価値観も、生き方も、情報も溢れている時代に生きて、「こうすべき」「これしかない」なんてことはないですし、自分の情報や価値判断に縛られすぎることは、生きにくさを増長してしまいます。
社会も、家族も、時代も変化するものです。自分の知識や責任だけでなく、社会のありかた、社会保障や制度に当てはめられることから、困難や生きにくさが生まれるのであれば、それは個人の問題ではなく、社会の問題でもあるということも……。だからこそ、相談したり、声を出すことをためらわないでと伝えたいです。人や、家族や、子どもや親を大切に思う、地域を大切に思うその気持ちは時代が変わっても不変ですから、自分が何に翻弄され、困っているのか、話して、整理して、前を向けるよう、一緒に歩める取り組みをしていきたいと思っています。
やっと支援につながった時には、すでに深刻な状況になっていたりします。少しでも早くつながり、話ができればと思うこともあります。
また、現代は知識の短命化も進んでいます。今ある知識は5年後15%しか役に立たないとも言われるくらいです。こうだろうと思い込んで抱え込んでしまわないでほしいとも思います。統計を見ると、6年後には単身世帯が一番多くなるといわています。つまり、ひとり暮らしが多く、それが普通になり、人生は100年と長期化する。この未来との関わりもポイントになりますね。
その中で、実は孤立の問題と「子ども食堂」には共通する意味があります。「子ども食堂」は、子ども支援であり社会的孤立対策なのです。つまり、これは地域づくりです。子どもたちが「今日あのおじいちゃんこないね〜。どうしたんだろう」などと、食堂を通じた人と人との結びつきも生まれればいいなと願っています。

 

◆自主事業の「インクルこども食堂」を始めたのは?
4年ほど前です。ひとり親家庭の居場所づくりをしていた時に、子どもたちがエンパワメントされて生き生きし出して「いつも同じメンバーじゃつまんないな」「いろんな人と遊んだり、かかわってみたい」と言い始めたんです。こちらも「当事者の居場所」づくりをしてきて、安心できる場づくりの次の段階、地域との関わりをつくる段階なんだなって思いました。その時に、地域とフラットに関わるにはどうしたらいいのかなぁと考えて、たどり着いたのが、みんなが同じテーブルにつける「子ども食堂」でした。
しかし、世間が抱いている「貧困な子どもがおなか一杯に食べるところ」というイメージではなく、子どもたちが安心してひとりでも来られるところ、また、様々な課題を背負っている場合でも、安心して関われる場所であってほしいと思いました。ただ、一足飛びに関係性を構築するのが難しいため、仕掛けや裏メニューをたくさん準備して開催しました。
その裏メニューを試行錯誤している中で、企業さんが講師になる「しゃいん食堂」という、とても素敵なメニューをつくってくれたのが、いわて電力の笠井社長でした。食材などの寄付をいただいた時、子どもたちにその会社さんのことをお伝えしているのですが、ある時「なんだ、企業ってお金をくれるところなんだね」という声が聞こえて、これは大変だと思ったのがきっかけでした。また、「働く」ことや「仕事」に関して視野が広がらない子どもたちに、地域の「仕事」を知ってもらうことが必要だとも感じていました。「しゃいん食堂」は、学校の職場体験とはまた違う空気の中で、地域の働く大人から直接お話が聞けるので、子どもたちが希望を見出せるメニューだと可能性を感じています。
「子ども食堂」の拠点は、今では県内約30カ所まで自発的に増えています。県内の「子ども食堂」はネットワークでつながっており、各地でそれぞれの形で運営がなされています。全国で言えば、昨年まで3000カ所だったのが今年は3700カ所になっています。今も更に増え続けているということですごいですよね。これだけ「必要だ、やってみよう」と思う人がいるんだということも希望になりますね。

 

◆困っている子どもたちはどれくらいいるのでしょうか。
みんな困っていると思います。経済的に困っていない家庭の子どもだって、実は親と一緒にいられる時間が確保できなかったり。貧困って、お金だけじゃないんです。「時間」と「つながり」のこともいうんです。それは子どもにとって、お金がないのと同じくらい、きついことなんです。
また、海外の子どもの貧困対策の研究で「非認知能力」を向上させることが子どもの力になるという研究結果があるのですが、その非認知能力は別名「人間力」とも言われていて、その能力を上げるために基盤となるのは「人を信頼する力」なのだそうです。これは勉強しても身につかず、誰かと関わることでしか得られない大きな力です。その「誰か」が地域の人たちであることが素敵なことです。
それらを踏まえ、子どもが孤立しないよう、「子ども食堂」でつながる場所を用意する必要があります。あとは「子ども食堂」に来られない子とつながることも必要です。子どもは情報はつかめませんので。前に、教育委員会さんの協力をいただき、盛岡市内全小中学校に「子ども食堂」の開催案内チラシをクラスに1枚ずつ配布して、掲示してもらったんです。そうしたら、やっぱりそのチラシを見て子どもたちが来てくれました。これからいろんな方法でアプローチしていかなければならないので、まだ始まったばかりです。
本当に大変なのはこれからだと思います。社会の激変、人口減少が進んだ時に、ようやくこういう取り組みが大事だってなるのではないかと予想しています。私たちはそれを待っていられません。子どもたちはあっという間に大きくなります。

 

◆今後について
ひとり親世帯の支援体制はまだまだ脆弱なので、ワンストップで包括的に支援できるところが各地域に一個ずつできるような活動をやっていかなければならないと思っています。そして、これからは当事者支援と、地域の理解者を増やし包摂された地域づくりの両方の必要性を痛感しています。多方面からの支援で成り立っていく社会が必要だと捉えています。企業さんの力もとても大きいです。そこで働いている地域の大人の姿を子どもたちにもっと知ってもらい、未来と職業選択の幅が広がればと思います。
そのような中で、いわて電力さんがSNSでランドセルの支援が必要なことを発信してくださり、寄付につながったことは、とてもいい例でした。また、「しゃいん食堂」プログラムの時には、自転車のペダルを漕いで発電させた炊飯器でご飯炊いて食べる体験を考えてくださり、とても子どもたちの心をワクワクさせて会場が盛り上がりました。素敵な体験は大きな心の栄養になることを教えてくださいました。
いわて電力さんには、社会貢献プランとして「子ども食堂」の取り組みに力を貸してくださっていますが、地域の課題解決に目を向けた企業さんが地域にあることが大事だと思います。「ここで安心して暮らしていこう」と思える、そういう地域づくりが必要です。そのためにも企業さんの力は大きく、地域の大きな資源、宝物です。いわて電力さんのような企業に子どもたちも憧れ、信頼していくのだと思います。

 

[取材をしてみて感じたこと]
「助けて」という心の声を我慢しがちの世の中で、子どもは大人以上にその声を上げにくく、時には無理をしてでも子どもらしく無邪気に振る舞ってしまうものです。今回の山屋さんのお話で、表面的には問題を抱えていないような子どもでも貧困で苦しんでいる現実を目の当たりにしました。
そのような中、岩手の企業による「しゃいん食堂」の活動は、「かいしゃ」という未知の世界にいる大人との対等な出会いを通じて、子どもが自分の価値観を広げるチャンスにもなります。笠井社長の「子どもたち本人にとっての幸せは、人生の主導権を持って自ら選択ができ、誰かを助ける側になることじゃないかと思います。そのために企業ができることはいろいろあるはずです」という言葉は心強く、今後の地域づくりには地元企業との連携が一つの鍵になると感じました。
たとえ専門知識はなくとも、ひと呼吸をおいて周囲を見渡し、「気にかける」ことは誰にでもできるはずです。「自分は関係ない」と錯覚しがちですが、明日は我が身。日頃の目配り・気配りで身近にある慎ましいつながりを強くし、地域全体の筋力を高めていきたいものです。そして、今の自分は様々な命の支え合いで成り立っていることを忘れてはいけないと強く思いました。

Interviewer 菊池(プカリ)

[プロフィール]
山屋理恵(やまや・りえ)・岩手県盛岡市生まれ
盛岡市役所で消費者問題や多重債務、貧困問題など生活困窮者支援に取り組み、東日本大震災を機に2011年8月より支援仲間と任意団体を結成。2012年1月にNPO法人として認められ理事長に就任。被災後のひとり親家族への支援や「インクルこども食堂」の運営などを通じて、社会や地域のほころびを修復している。