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LIGHTS UP IWATE インタビュー

岩手県花巻市
るんびにい美術館 アートディレクター 板垣崇志さん

命には、みんなそれぞれ「言い分」がある

花巻市にある「るんびにい美術館」を訪れたことはありますか?
「命のミュージアム」として2007年11月に開館以降、展覧会やイベントの企画を通じて、命と命の語らいの時間を生んできました。1階はギャラリーをはじめ、オリジナルグッズなどを販売するショップ、ゆったりと寛げるカフェがあり、そして2階には実際の創作現場となっているアトリエがあります。
今回は、美術館の立ち上げから携わってきた、アートディレクターの板垣崇志さんにお話を伺いました。

 

▼まずは「るんびにい美術館」について教えていただけますか?
ここは、社会福祉法人光林会が運営するアートと憩いの空間ですが、当法人はもともと1968年に知的障害を中心とした障害のある人たちを支援する入所福祉施設から始まりました。児童施設、成人施設、グループホーム、就労施設など、徐々に事業展開しながら、障害者福祉サービスを提供していく中で、2007年11月に美術館をオープンさせました。
きっかけは30年ほど前から行っていた陶芸活動でした。折々、作品を地域で展示していましたが、利用者さんの創作したものがすごく人の心をひきつける存在だということがわかったんですね。そういう作品に関心を持ち、関心を通して知的障害のある方を知っていただくと、たとえば、かわいそうな人だから親切にしてあげなきゃとか、よくわからない人だから遠く離れていたいというような、哀れみや拒絶を超えて、「なんか素敵な心をもっている人じゃないか」と、作品を介することによって、その人の魅力が伝わることが明らかになっていきました。
以前から、“障害のある人は福祉サービスの中に保護、隔離していかなきゃ生きていけないでしょ”という社会ではなくて、もっと自然にいろんな人にちょっとずつ支えられながら、社会の中に岩手県民、花巻市民として、一人一人が自然にそこに暮らしているという状況に近づけていきたいというビジョンがあったんですね。そんな中で、作品を通してその人を知るという出会いの場所を積極的に提供できる場所を作りたいという思いが、今の理事長の三井信義が考えた美術館構想の出発点でした。

 

 

▼板垣さんはアートディレクターという仕事ですが、主にどういったことをされていますか?
一つは展覧会を企画して開催しています。最初は年間約10本のペースでしたが、今は一つの展覧会は3〜4ヶ月の期間を設けて、年間3本のペースで企画しています。当法人で生まれた作品を含む、全国各地で活動する知的な障害のある作者の作品をはじめ、さらに幅広いテーマで、たとえば大阪の元日雇い労働者の人たちによる創作活動や、動物の殺処分をテーマにした展示など、県内外の方から作品をお借りしています。命には、色や匂いもなんの違いもないという、それが自然に感じられるような展覧会のコンセプトで企画しています。
そして、もう一つは、2016年3月から中学校で行っている「であい授業」です。職員による出前授業ではなく、知的障害のある利用者さんが講師になる授業です。これは、もっとダイレクトに深く一人の人を知ってもらおうと考えたものです。障害者と言ってしまった途端、ステレオタイプにグループ化されて、個性が見えなくなってしまい、なんの距離も縮まらなくなってしまうんですね。そこで、障害者というステレオタイプのイメージを崩すために、たった一人でいいからちゃんと出会い、その人には名前があって、親御さんもいて、兄弟姉妹もいて、それぞれに思いがあるという、人生の物語や出来事を知ってもらいたい……。この思いから始まりました。アトリエで活動している小林覚さんに主に講師をやっていただいて、生い立ちのスライドや家族のビデオインタビュー、作品を紹介したり、実際に覚さんが教室で絵を描いてみせたりして、小林覚さんという人を知ってもらう授業を考えました。重い知的障害がある人も講師になれるので、一つの手法として確立させようとやってきて、今はこの授業が県境を越えて、青森や宮城、秋田でも、動きがありますね。

 

▼授業を受けた子どもたちの様子はどうですか?
まず、なんの知識もなしに教室で講師の小林さんに出会った生徒さんは、いろんな形で戸惑いを表します。そわそわ、にやにや、後ろの人と話すなど、緊張が表れます。戸惑いを戸惑いのままに感じてもらったそこから授業がスタートします。はっきりと生徒さんの表情が変わるのは、覚さんの家族のインタビュービデオを見るところです。それを見ると、覚さんが体験した悩み、家族の悲しみや喜び、家族の歴史の中にある覚さんを知り、見事に教室の雰囲気が変わるんですね。そこからどんどん覚さんを知りたい、このお兄さんのことをもっと知りたいという空気になっていきます。
終わる頃には、目をすごくきらきらさせて、かぶりつくように覚さんのことを見ていたりするんですね。それくらい、近づくんです。その人が重ねてきた時間と、その人の内側にある心、いろんな人との関係性……。この目に見えない3つが見えた時、その人の存在感がくっきり立ち上がります。そして、これまでのステレオタイプが崩れて、その人を粗末にしちゃいけない、大事にしたいと思わせる要素が生まれて、覚さんに関心や好意、肯定的な気持ちが芽生えます。

 

▼子どもたちから感想は聞いたりしますか?
始めたばかりの頃はアンケートをとったのですが、アンケートって本当の声は拾えないんですね。特に子どもたちの場合、声を拾いたがっている人に忖度をして、悪いことを書いちゃだめだなと思ってしまうんです。感じたばかりの新しい感情体験を言語化したり、感情のカテゴリーでカテゴライズすることは難しいし、暴力的だと思いました。
今は、授業から1年くらい経った時にアンケートをしています。次の学年が授業を受ける翌年に、前の学年の生徒さんにあの時のことをよかったら教えてくれませんか?と聞いたりしています。先生から聞いたお話だと、1週間くらいたった時に、ある男の子が「先生、覚さんの絵って、まだ学校にあるんですか?」と聞いてきたとか、普段、クラスに打ち解けられなくて保健室にいる子が廊下で「先生、あの授業すごくよかったよ」と言ったとか、女子生徒がお父さんに向かって授業の話を興奮気味で話したとか、子どもたちに確実に届いて、響いているなと感じています。

 

▼メッセージや価値観の発信も仕事の一つなんですね。
ぐいぐい押し付けてしまうと、人は嫌だと言いたくなるので、そうじゃなくって、鰻屋さんが鰻の匂いを路地に漂わせるように、押し付けがましくなく、漂ってきたり、流れてきたりして、なんかいい感じだよねと言って、知らず知らずのうちに、だんだん深まっていくような形の発信をしていきたいと思っています。強いられるのではなく、自分が自由に選べる中で、これが一番いいというものを選びたいと誰しもが思っているはずです。こういう形の社会像がいいと思うんだけど、“どうでしょうか?あなたの選択肢の中に加えてください”と。そのために、こちらが丁寧にその社会像をしっかり伝える努力はもちろん必要ですが、言語的なメッセージだけでなく、イメージの発信も含めて、自然に広がっていければと思っています。
たとえば、人が「るんびにい美術館」と聞いて浮かぶビジュアルイメージが、「笑顔や、アートの領域のものではあるんだけれど、難しいアートじゃなく、とても開かれた柔らかい、風通しのいいアートなんだっけなあ」というようなイメージを浸透させていきたいですね。

 

 

▼他の美術館とは違う、「るんびにい美術館」ならではの特徴はどこに感じていますか?
実はすごく意識していて、一つは美術作品の魅力を伝えるということが中心じゃないということですね。美術の力を通して、命の等価値性といいますか、すべての命に言い分があるということの認識を促すことを目的にしています。「この絵がすごい」とか、「すごいアーティスト」だとか、ここからタレントを出したいわけでないんです。美術作品を楽しみたいという愛好家の欲求にこたえることがゴールではなく、そういう入口を通して、最終的にあらゆる人、人以外の命も含めて、命には言い分があるということを、その言い分をちゃんと一つ一つ聞きたいと思う人を社会に増やすということを目指しています。
もう一つは、2階にアトリエがあることです。創作現場が美術館の同じ建物の中にあって、しかも平日の午前中は誰でも見学ができて、作者に会えるということも大きいですね。みんなフレンドリーなので、訪れると「こんにちは!」と温かく出迎えてくれたり、握手を求められたり。たまにピリピリしていることもありますが。ある方は「なごむな〜、なごむな〜」と言っていましたが、一種のサンクチュアリといいますか、すごく豊かな世界があるんですね。作者に会えるということ、どんな人たちが、どんな空気感で、どんな表情で作っているかを見られることも、るんびにい美術館ならではだと思います。

 

▼板垣さんにとって、アトリエの皆さんはどんな存在ですか?
個人的なことを言えば、もともと私は人への信頼感を持っていなかったんですね。他者との関係に喜びよりも苦しみが多い人生でした。だけど初めて、「この人たちなら心を開ける」と思ったのがアトリエの皆さんでした。この人たちは心を開いていて、許す力がすごいなと。自分の力ではどうしようもできないことを、ただただ受け入れることしかできなかった人生を歩んで来た人たちだと思うので、ものすごくたくさんの忍耐や懐の深さがあるなと感じました。初めて自然に仲良くなりたいと思えて、出会えて良かったなと思える人がたくさんいます。知的障害の人は、いたわりと哀れみ、優しさが必要な存在だと思われがちですが、全然違うと言いたいです。すごい人間力があります。いろんな人の心に深く、温もりや光を確実に差し入れることができる人たちですね。

 

 

▼仕事をする上で、どういったことを大切にしていますか?
心がけていることは、命のそれぞれの言い分に目を凝らす、耳を傾けることです。そういう人が少しずつ世の中に増えたら、人を困らせないようにしたいと自然に思えたり、そうしてみんな幸せになると思うんです。
実は、美術館のメッセージを発信することや展覧会を開くこと、「であい授業」を行うということは仲間づくりだと思っています。そういう社会を願ったり、可能ならば、そういう社会に近づいていくように行動する人を増やしたいです。
そのためには、まずは人の行動を変えることでなく、自分の行動を変えることだと思います。人を苦しませることを自分はしない。もし苦しんでいる人がいたら和らげるように行動する。そして、可能ならば喜びを提供できるようにする。人との関係で生じる苦しみが減っていければいいですね。

 

▼そうなると、ぐっと生きやすくなりますね。
たとえば今まで、「電車の中でアグアグと自分の手を噛んでいる奇妙な人がいて嫌だな」と思っていたけれど、それにも理由があって、人混みを耐えようとしている彼のルーティンだと気づいたり、彼なりに調整して生きていくための理由があると気づけたりするかもしれません。あるいは家の中に入ってきた蟻にすぐに殺虫剤をかけずに、家族を養うために食べ物を運んでいるんだと思い直したり……。蟻の言い分に耳を傾ける人は、動物や障害のある人、認知症のおじちゃんやおばあちゃん、赤ちゃんにも注意を払うと思うんです。全部がつながっているんです。

 

 

▼最後に、読者の方へのメッセージをお願いします。
人には、本当のことは見えていないっていうことを知っておくことが大事で、自分が今見えているもの以外のものが常にあって、それはすごく大事なことだったりします。
たとえば重度心身障害でこの人はきっと何もわかっていないなと思っても、それが本当かどうかってわからないものです。もしかしたら、すごい大間違いかもしれない。自分のその知らないがゆえの思い込みで、誰かの幸せや可能性を奪わないように……。自分の知らない本物、自分がまだ見えていないものに常にアンテナを張っていってほしいし、自分もそうありたいです。

 

[取材をしてみて感じたこと]
今回のキーワードとなった「命の言い分」。この「言い分」という表現を聞いた時、「命」の存在がぐっと迫ってきたように感じました。そして、「本来は同じものなのに、同じには見えないというのが人間の普通の感覚なので、命はみんな同じだと気づくことが出発点。全てはつながっているから」とも話されていた板垣さん。インタビューを終えて、マザー・テレサが話したと伝えられている「思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから……」という言葉が浮かびました。全てはつながっているということ。アトリエにきっとその答えがあるのかもしれません。

Interviewer 菊池(プカリ)

[プロフィール]
板垣崇志(いたがき・たかし)・岩手県花巻市生まれ
東京学芸大学、岩手大学を卒業後、画家を目指しながら、様々な業種の仕事を経験。その後、同法人光林会の非常勤職員を経て、「るんびにい美術館」の立ち上げに携わり、現職のアートディレクターに就任。十八番は、エレファントカシマシの「奴隷天国」と歌謡曲「イヨマンテの夜」。